福岡市の中でも特に人気の高い街「西新町(にしじんまち)」。早良区に位置するこのエリアは、文教地区としての品格と、活気ある下町情緒が混ざり合うユニークな街です。今回は、福岡市に編入されてから100年の節目(2022年当時)を迎えた西新町の歴史をたどりながら、その魅力と発展の軌跡を徹底解説します。
福岡市7区の人口ランキングでは、東区、南区、博多区に次いで第4位の町です。
福岡・西新町とは?住みやすさと歴史が魅力の町
西新町は「住みたい街ランキング」でも上位にランクインする常連エリア。名門校・修猷館高校や西南学院大学が所在し、教育環境が整っている一方で、活気ある商店街や下町らしい親しみやすさも魅力です。
- 文教地区としての落ち着いた街並み
- 西新商店街など、地元に根付く商業エリア
- 「サザエさん発祥の地」としての親近感
西新町の歴史と地名の由来|福岡の原風景をたどる
西新一帯は、かつて福岡・博多の外れに位置し、百道原・紅葉原と呼ばれていました。百道(ももじ)という地名の由来は、干潟に残る無数の足跡が交差する様子から「百の道」とされたと言われています(諸説あり)。
また、紅葉八幡宮の創建と移設により、門前町として町並みが発展し、江戸期には藩士の住宅地として宅地造成も行われました。これが「新西町」→「西新町」の起源です。
江戸から大正へと変化した西新町の歴史
- 1732年 享保の大飢饉で大打撃、救済米問題が発生
- 1870年 太政官札贋造事件により黒田藩政が終焉
- 1889年 市制・町村制で西新町が福岡市に編入されず、麁原村と合併
修猷館や西南学院に見る西新の文教地区としての進化
- 1900年:修猷館高校が大名町から移転
- 1918年:西南学院が大名町から移転
- 元寇防塁跡や松原に名残が見られ、歴史的価値も高い
西新地区には、思想家・中村天風や政治家・広田弘毅、緒方竹虎、小説家・夢野久作など、多くの偉人が育ちました。
鉄道開通と商業再開発が変えた西新町の姿
- 1925年 北九州鉄道(現・筑肥線)開通、西新町駅が開業
- 1983年 地下鉄1号線開業で西新駅へ統合
- 1981年 西新エルモール・岩田屋開業→その後閉店
商業施設の変遷は目まぐるしく、ユニード→ダイエー→イオン→現在のPRALIVA(プラリバ)へと引き継がれています。
百道の元寇防塁から見る西新町の産業と文化の記憶
- 西新町には一時期炭鉱も存在した(麁原炭鉱・鳥飼炭鉱)
- 百道にはかつて海水浴場や水上飛行場もあり、観光資源としても賑わった
西新町の歴史を感じるスポット案内
- 西南学院大学構内の元寇防塁跡
- 映画館が集中していた昭和中期のにぎわい
- よかトピア通りやPRALIVA周辺の再開発
- 廃止された福岡刑務所跡に市民センター等が整備
福岡・西新町の未来|再開発が進む注目エリア
現在の西新町は、文教・住宅・商業がバランスよく共存し、地域に根ざした暮らしやすさを保っています。再開発により高層マンションやIT系オフィスも増え、ますます注目される街へと進化中です。
【まとめ】
福岡市早良区・西新町は、歴史と文化が色濃く残る一方で、現代的な利便性も備えた魅力的な地域です。観光地としてだけでなく、住む場所としても魅力的なこの町を、ぜひ現地で体感してみてください。