筑豊炭鉱の歴史を明治時代にくだって調べていると、当時保安設備もなく、いつ落盤事故が発生してもおかしくな状況下で、ツルハシ1本で炭坑地下に潜って石炭を掘っていた男と女。過酷な重労働を虐げられら心情を唄ったのが炭坑節だということがわかります。
炭坑節は福岡のどの町で発祥したかといえば、当然「炭鉱」があった町ということになりますが、福岡県はとにかく炭坑があちたこちらに散在し、日本一の炭坑県でした。
この唄の歌詞をちょっと読んでみましょう。
いちばんの歌詞は
月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ)
三池炭坑の 上に出た
あまり煙突が 高いので
さぞやお月さん けむたかろ(サノヨイヨイ)
この歌詞にある「三池炭鉱」があったのは「大牟田市」です
だから、大牟田の三池炭鉱が発祥の地で、炭坑節の本家として戦後から歌い誤られていますが、発祥の地が筑豊炭田のど真ん中、田川地方であることは、あまり知られていません。
いちばんの歌詞に出てくる「お月さんを煙たがらせた煙突は、三池炭鉱のそれではなく田川の三井伊田(いた)立て坑の赤煙突です。
炭坑節の歴史
いまの炭坑節は、明治38年、赤煙突の建設工事が始まった時、地元の人たちが東洋一の煙突への期待と、筑豊の近代化をシンボライズする名物として、即興的に作詞され、歌い始めたもので、炭坑節の歴史はもっと古くなります。
歌詞そのものも今のように、砕けた口調で歌う、お座敷調のメロディーではなかったようです。地元の民謡研究家で故人の小野芳香(ほうこう)さんが公開した資料によれば「本場炭坑節」の起源や歴史を解説していますが、それによれば「もと唄」は明治中頃に田川地方で生まれた「ゴットン節」と呼ばれる採炭唄とあります。
つるはしを持って、石炭を掘りながら、掛け声と共に鼻歌混じりにうたったのでしょうかね。
鼻歌というには、あまりに気楽な感じがしますが、実は、この歌にこそ、日本一の筑豊炭田をつくった人たちの心情をわかりやすく描いています。
その頃の筑豊炭田は、富国強兵の流れに乗って急速な開発が進められており、それだけに炭鉱夫はたちは、厳しくも、また、せつない労働を強いられたいたようです。
だから、そういう背景の中に、筑豊地方の炭坑では選炭唄(ゴットン節)・石刀(せっとう)唄・南蛮(なんば)唄・選炭唄などの仕事唄が生まれまのも当然のことです。
その中の一つであるゴットン節が、現在の炭坑節の元歌になったといわれています。
歌詞は
「嫁に行くときやぁ坑夫に行くな
ガスがばれたら若後家よ ゴットン」とあります。
そこには、しいたげられたヤマの男たちの悲しさが秘められています。
保安設備のなかった地底で落盤の危険にさらされながら、ツルハシの一振り、一振りに、自らを励ますために口ずさんだ歌。
これが坑外の選炭場で働く女性たちの胸にジーンと応えたのです。
彼女たちによって、ゴットン節は、あっという間に歌詞や曲の一部を替えて、歌い広められていきました。
炭坑節が普広まるまで
明治30年頃には、伊田地方の選炭場の歌となり、さらに、明治42年2月、小野芳香(おのほうこう)が、筑豊のヤマで、色々な節回しで唄われていた採炭歌(さいたんうた)のうちから、伊田と大峰の曲を流行歌風にアレンジし、伊田小学校に併設されていた女子補習学校の生徒たちに歌わせたら、これが父兄たちに大受しました。
そして、三味線や太鼓にも乗り、合唱できるところから「三弦選炭節(さんげんせんたんぶし)」と呼ばれ、今の炭坑節の原曲となったのです。
やがて、選炭節は、炭鉱から町へ出て里歌となり、三味線にのって宴会の席へと普及しだしていきました。
大正末期には、もはや選炭場だけの歌ではなくなり、炭鉱で生まれた歌の代表として、炭坑節と呼ばれ始めました。
全国に知られるようになったのは、昭和7年田川郡後藤寺(伊田 (いた)と合併して田川市となる前の旧町名)の芸者・赤坂小梅がレコードに吹き込んでから、これがレコード化の最初となり、その後、いろいろと編曲され、田川の民謡が一躍、日本の民謡となるのです。
とはいうものの、当時はテレビはなくラジオも普及しておらず、すぐには大衆化されるまでにはならなかったようです。
それが、戦後の炭坑景気と相まって、待ってましたとばかりに、炭坑節が全国に広がり、赤坂小梅姐さんも一躍流行歌手とデビューしたのです。
炭坑節はもともと炭まみれの若い女性たちが、底辺の生活から這い上がろうとする願いを込めて歌い伝えた労働歌だったのが、流行するにつれて、名前だけが有名になり、元唄の多くは消えていったのです。
現在、地元の人たちが収録している元歌の歌詞は13ほどありますが、そのほとんどがむき出しの娘心を歌ったものばかりです。
すでに地元でも忘れ去られた歌詞の中に「あなた三井のお役人、わたしゃしがない選炭婦
なんぼあなたに惚れたとて、よもや女房になさるまい サノヨイヨ」とありますが、住む世界の違うと三井の若いエリートに憧れをこめた娘心が、いじらしいほどよく表現されていますね。