伊藤野枝は福岡県早良郡今宿村大字谷247(現在の福岡市西区今宿一丁目)に海産物業を営む伊藤与吉と梅の長女として明治28年1月21日に生まれました。当時でも珍しい大雪の未明でした。
今宿尋常小学校に入学、明治37年に長崎市西山小学校に転入します。父の与吉の事業失敗で口減らしに長崎市に住む叔母の許に預けられました。
小学校卒業を前にして、叔母一家が東京に移住したため、今宿に戻り、周船寺高等小学校に通い、卒業後一時今宿郵便局で働きました。
明治42年郵便局を辞めて叔父を頼って上京し、上野高等女学校(現・上野学園高等学校)の4年に編入試験を受けて入学しました。
夏休みに帰省した時、縁談が持ち上がりアメリカ帰りの成功者・末松福太郎と仮祝言をします。
野枝はこの時16歳でした。
翌日に上京。明治44年11月21日末松家に入籍します。
辻潤との出会い
再び上京して通学中、英語教師辻と恋に落ちます。
卒業後帰省して福太郎と8日間同棲した後、逃げ出し、辻のもとに走り、末松家に離縁を申し出たのですが、承知されず、辻への脅迫が続きました。
そもそも末松福太郎との結婚は嫌っていたが、アメリカへ連れて行くという話にかなり心を動かされていたからです。約束と違い末松が郷里に腰を据えることがわかったため、夢破れ「田舎に埋もれてたまるか」と飛び出したのが離婚の理由です。
ゴタゴタも叔父や平塚雷鳥の尽力により協議離婚が成立したのは大正2年(1913)2月21日でした。
知識欲に燃え、目だけはキラキラと輝いているぽっと出の田舎娘。
そんな野枝を開眼させ、成長させてくれた辻 潤(つじ じゅん)と結婚。
ヨーロッパの芸術思想・芸術運動に傾倒していた辻から野枝はむさぼるようにヨーロッパ哲学、文学の知識を吸収しました。ところが夫であり、師である辻は野枝との関係を非難され、教職を捨ててから無力に陥り何の仕事もしないでただぶらぶらして暮らす、ぐうたら亭主になりさがったのです。
野枝は辻潤との間に出来た流二を、里子に出している。
平塚雷鳥との出会い
そんなとき、野枝の情熱は新しいはけ口を求めるようになり、家族制度の矛盾を感じていた折に、「元始(げんし)女性は太陽だった」の名文句で知られる平塚らいてう(らいちょう)らの組織する青鞜社(せいとうしゃ)に入り、その機関紙「青鞜(せいとう)」の編集に参加し、大正5年(1916)1月から平塚らいてうに変わってこれを主宰して、女性の封建的地位の打破に努めました。
野枝はめきめき頭角を現し、エリート意識とブルジョワムードに満ちた「青鞜(せいとう)」を塗り替えながら、次第に社会主義への目を開いていったのです。
一方、大杉栄、荒畑寒村(あらはた かんそん)らの雑誌「近代思想」の読者となり、エマ・ゴールドマンの伝記に感じて、自ら無政府主義者となります。
たくましい行動力を持った思想家大杉栄に新しい愛を持った野枝には一人の男をつつましく守り通す古いモラルはまったくの無力というものでした。
その愛を貫くため「どうなっても自分の道にいきなければならないと大杉への愛を正当化します。当時、大杉には妻のほかに社会党代議士だった神近市子という献身的な恋人がおり、野枝も辻と生活中でした。
複雑な愛人関係も「自由恋愛」をとなえる大杉にとっては問題外でしたが、神近は野枝に対するしっとから大正5年、葉山の茶屋で大杉を刺す刃傷事件を起こしました。
世にいう日陰茶事件です。
世論の反発にあう
これに世論は黙っていません。
有島武郎(ありしまたけお)武郎と波多野秋子の情死、芳川伯爵令嬢と自家用車運転手の心中、筑紫の女王白蓮の家出とはでな恋愛事件の相次いだ大正でもっともショッキングな事件だったのです。
野枝は神近が入獄したあと辻とも別れ、先妻と離婚した大杉と結婚し、主として文筆で婦人解放のために戦いました。
思想、信条をともにする大杉との充実した生活もわずか6年。
大正12年の関東大震災の時、大杉及びその甥である橘少年と共に憲兵隊員甘粕正彦に惨殺されました。
さて、殺された3人の遺骨は、叔父の情けで引き取られ人目をさけて野枝の故郷今宿の松原の中に葬られました。
国賊あつかいにした官憲は、墓碑銘を刻むことを禁じ、今津湾を望む鐘撞山の麓に子ウシぐらいの自然石が石碑がわりとなって、ひっそり置かれています。
JR今宿駅からほど近い所に野枝の生家跡があります。
福岡市の玄洋文化財展示室の前にある畳屋さんがその場所になります。
そこから100mほど行くと今津湾があり、泳ぎが得意だった野枝は4キロメートル先の能古島まで泳いで渡ったというエピソードも残っています。
伊藤野枝が没して、今年(2023)で100年になります。
生きていたら日本を代表する婦人社会運動家になっていただろうと言われます。
伊藤野枝は亡くなる28歳までに7人の子供を出産しました。
著書に婦人解放の悲劇、白痴の母、伊藤野枝全集などがあります。